水戸市在住PC&Webコンサルタント、引佐龍成の日常日記
D-Point
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2001/06/12 砂利の庭・Web日記について(準備編その六)
●砂利の庭 我が家の庭は砂利を敷き詰めている。最近砂利が埋もれて土が見えてきてしまい、雨ともなると水が川のように流れるようになってしまったため、父が知人に頼んで砂利を再び敷き詰めなおしてもらうことになった。 今日ようやく庭全面に敷きあがり、キレイにナらされていた。上から地固めしているわけではないので歩くたびに「ジャリ、ジャリ」と音がする。いや洒落でなくて。 そんなことも忘れて夜、タバコを買いにコンビニまで自転車で行こうとしたら、車輪が砂利にとられてハンドルが利かなくなり、危うく転びそうになった。自転車に乗る際にハンドル、つまり前方に重心を傾けているとこういう目に遭う。 最近クルマに乗ってばかりだから自転車を使わなくなってしまった。コンビニまでの道のりで、両手を離して自転車を漕いでみた。思いのほか勘は残っているみたい。調子に乗って信号手前にブレーキを遅らせ後輪をロックさせたまま滑らせて停止。 停車中の信号待ちをしている自動車の運転手に可笑しい人と思われたかもしれない。 ええ、可笑しいですとも、サウハ思ヒマセヌカ。
◆Web日記について(準備編その六) ついウッカリということではないんだけども、このD-Pointで「Web日記について」を考えていたことを本日思いもよらず思い出せた。危うく「そういえばそんなコトもやってたっけねー」で済まそうとしていたかもしれない。<ゲラゲラゲラ。
日記才人(11928)言海波列をお書きになっているCRAZY HALさんの"ネット日記"考察。 この考察を語る前の余談だけども、Web上で書かれる日記の名称、「 Hyper Diary 」、「 ネット日記 」、「 Web日記 」、単に「 日記 」と思い浮かぶ。他にもどういう言い方をしているのか、地域(各日記リンク集など)によっても違ってくるのか、ちょっと知りたいと思った。自分は上記以外の呼び方をしている、というのがあれば是非ご一報を。 さて、本題なんだけどもWeb日記を書いて数ヶ月も経つと、よく読みにくる常連なんか出来たりランキングに参加していればそれなりに得票を貰いはじめ、アクセス数も増えて知名度もあがる。そろそろこのあたりで日記を書くということを自己分析してみようじゃないか、と思い始める。CRAZY HALさんもお互いに日記を書く者同士の交流を経てこの文章が出来上がったのではないかと推測できる。 Web日記という行動を他のオタク行動(マンガ、アニメ、演劇?などなど)同士のネット交流と比べてみると、「何故自分はこんなのにハマっているのか」という自己分析において非常に深い部分にまで内面を掘り下げて分析が出来ているような気がする。いや他の交流をマジマジと眺めに行ったりしないのでこの辺りはその方面の方に是非お聞きしたいところだけども、少なくともWeb日記に関しては長く書いていればいるほど「何故こうして日記を書くのか」と、その文章量の大小関係なく記述していることを目の当たりにする。 では何故「何故日記を書くのか」を書くのか。ボクには少なからずこういう行動に後ろめたさを感じているからではないかと思う。今でこそ取り上げられなくなってきたけども、過去にはPC系の雑誌などで人気Web日記制作者が取材を受けたり、日記才人(当時「日記猿人」)そのものをテレビで紹介されたりと、一般の人には物珍しい現象に映っていた。つまり日記というものは本来自分自身だけのためのもの、という一般常識とは幾分離れていたということに他ならない。 そんな非常識な現象に自ら邁進している姿を、自分なりに正当性を持とうとするのは至極当然なんだと思う。あらゆる性格、あらゆる業種、もはや正当性など主張する気もないあらゆる趣味に走っている者、その全てを飲み込むこのWeb上での日記の発信は、こういった「何故日記を書くのか」が増えていくたびに新しい「常識」へと向かっているのかもしれない。 さて、この「日記についての考察」で興味深かったのは第参部(3.6)『「読まれる日記」と「書く日記」』。ここでCRAZY HALさんが「くだらないけど読ませる」という言葉を作っている。Web日記が毎日毎日面白可笑しく仰天な内容なんだとしたら、その作者は波乱万丈かつ怒涛の人生を歩んでいることになる。そんな人間が日本にバカみたいに居るわけがない。つまり毎日日記が面白いわけではないということ。 他人の日記を読もうとする衝動は人それぞれだろうけども、CRAZY HALさんの言葉を借りれば日記から見える人間像に興味を持って見てしまう、人格への興味に他ならない。自分の書く文章がつまらないつまらないと嘆く方には一読の価値がある。日記が読まれないのは文章がつまらないことに問題があるのではなく、つまらない文章の中にアナタという人格が見えないところにあるのかもしれない。 文章にアナタを思わせる一番の近道は、決して背伸びせず自分の言葉で自分の気持ちを表現すること。その日その日の喜怒哀楽、感情の動きを客観的に伝えられること、なんじゃないかと、この文を見てそう思った。 |
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